世界が180度変わった「その日」のこと
2018年10月3日。
その前日の夜の夕飯は成城石井のベトナムフォーだったのですが、半分くらい食べたところでもう気持ち悪くなりトイレで吐きそれ以上は食べれませんでした。
そして朝目覚めるとものすごく体調が悪い。
気持ち悪いし、何だか頭が痛い。
それでも何とかスーツに着替えて電車に乗り会社へ。
会社についても体調は全く良くならず、そのまま朝の朝礼が始まりました。
立って報告を聞いたり、スピーチを聞いているうちに何だか頭に血が登ってくるような感覚になり目が霞んできた。周りの音が遠くなってきた。
次の瞬間目の前がブラックアウトして意識を失いました。
その間おそらく10秒程度。
気づくと周りの社員が「大丈夫ですか!?」と近寄ってきている。
「大丈夫です・・・」と言いながらも尋常じゃない吐き気に襲われふらふらになりながら洗面所へ。吐き気はピークを越え、えづき、嘔吐。
口から出てきたのは、真っ赤な血でした。
血を吐いたことなんて一度もないので、これは明らかにおかしいということで救急車を呼んでもらい、それまで通っていた某憎き医者のいる病院に運ばれました。
救急車の中で電話した顔面蒼白状態の妻も病院にかけつけてくれ、急患用簡易ベッドに移された私は点滴を行ない血液検査や問診などの検査を受けていきました。
その結果や過去検査記録から胃が怪しいということで胃カメラもやることに。
その時は少し体調が回復してきていたものの、初めて胃カメラをやった時とは比べ物にならないほど苦しく、痛く、とてもつらく、それは1年以上経った今でもその時感覚を思い出せるほどのものでした。
一通りの検査が終わり、体調も落ち着いたところでその日は入院することに。
そして、その夜。
医師から検査結果を伝えたい、ということで面談室に呼ばれました。
そこにはベテラン医師と研修医っぽい若い医師が2人、そして看護師の女性が1人。
心なしか全員、険しく、悲痛な表情をしている。
「これは簡単な病気ではないな」と覚悟はしていたせいか、自分の気持ちは不思議と落ち着いていました。
口を開いたのはベテラン医師。
「検査の結果、まだ確定的なことは言えませんが、これは単なる胃内部の出血ではないです。この写真を見てください」
見せられた写真は自分の胃の中の写真。
ぱっと見ただけでその異常な状態に背筋が凍りました。
胃壁はひだ状に波打っており、血管が浮き出ている。
そして出血がひどく、全体的に血が滲んでいる。
次に医師からこう言われました。
「残念ながらこれは、悪性腫瘍の可能性が極めて高いです」
アクセイシュヨウ・・・・
ショックすぎたからなのか、その時の気持ちはもうあまり覚えていません。
ただ横にいた妻は文字通り椅子から立ち上がれないほどのショックを受けており、医師たちの何とも言えない心から申し訳なさそうな表情を見て「あー大変なことになったなぁ」なんて、自分はなぜか能天気に思っていた気がします。
多分現実感がなさすぎて、それをリアルに受け止められなかったのでしょう。
そこから何があったかはまた今度〜
その前、に何があったか〜人間ドック後から倒れた3日前まで〜
5月に人間ドックを受けた際、何も問題はなかったのですが唯一言われたのがピロリ菌の存在。
除去しないと将来胃癌になるリスクが高まるとのことだったので、言われる通り除去することに。
ピロリ菌の除去自体は薬を飲んで検査してなくなったことを確認して、と簡単に済みました。
ただ、6月くらいからなんだか様子がおかしい。
最初はものを食べた時、なんか喉の奥の方で詰まっているななぁ、という違和感。
別に痛くも何ともないが違和感。
それがだんだん変化してきました。
1日、2日では気がつかないですが、1週間や1ヶ月単位で比較すると明らかに前より喉奥のつまり感が強くなっている。
なかなか食べたものが下に落ちていかない。
そしてそれだけでなく、いわゆる逆流性食道炎のような症状で食べるとものが下から溢れてくる。ついには昼休みに会社の人とラーメンを食べに行った帰りに、ビルのトイレで便器に吐いてしまった。
「嘔吐するってやばくないか?明らかに何かのサインじゃないか?」そう思いましたが、ピロリ菌除去後に軽くあった自覚症状を医師に伝えると「あーそれは多分ピロリ菌除去の副作用ですよ。たまにそういう症状出るひといるんですよね」と軽い返答。
というか余談になりますが、この医師。こちらがまだ30代前半と若いせいか妻が心配性ゆえに細かく質問するからか分かりませんが、明らかに不誠実な対応で「どうせ何でもないのにうるせぇ患者だな」と正に顔に書いてある状態。まともに質問に答えてくれなかったですし検査の提案なんて全くありませんでした。
(今でもこの医師のことは心の底から憎んでいますし、罵ろうと思ったら私の33年間という間にインプットしてきた汚い言葉たちを余すところなく駆使して圧倒的罵詈雑言を書き連ねることができます。が、一応わたくし大人なのでここでは控えておきます)
身体は明らかにおかしい。
でも医者はそういう。
そうなるとどうなるかと言うと、医者のことを信じてしまうんですね。
だって不都合な真実は信じたくないですから。
「医者がそういうならきっと問題ないのだろう。いつかよくなるはず」と今日思い、明日もそう思い、明後日もそう思い、と時がすぎていきました(この考え方が本当に間違っているということは後から強く実感するようになりました。医者、というか権威があると思ってその人の言うことを全面的に信じてしまい思考停止になることは本当に、本当に恐ろしいことです)。
そして9月になりました。
その時の私の症状といえばもう最悪の極み。
食べると明らかに喉の奥でものがつっかえてそれ以上落ちていかない。そしてそこにものをさらに入れると溢れて吐いてしまう。胃に落ちたかなと思っても、また食べると吐いてしまう。
この頃はほぼ毎食吐いており、お昼は会社で食べていて吐きそうになるとビルの外に走っていき人目につかない自転車置き場の隅で毎日吐いていました。そして泣きながら妻に電話して「苦しい・・・これ明らかにおかしいよ」と言う日々。
それでもまだ医者の言うことを信じていました。信じたいと思っていました。
でも流石にもうこれはおかしい、異常もいいところだ、と思いこちらからくだんの医師にもう一度胃カメラ検査をしてほしいと依頼し日程を予約することに。
そして10月。
ついにあの日が訪れるのです。
それはまた今度〜
その前、に何があったか〜パーソナリティ紹介と人間ドック〜
世界が変わったあの日の前と後、まずは前について書いていこうと思います。
そもそものところでもう少し自分のパーソナリティを。
年齢は33歳男性、職業は一般企業でサラリーマンを10年間、転職2回。
学生時代はテニスに打ち込み、社会人になってからもマラソンをしたりジムに通ったり、まぁそこそこ身体は動かす生活をしていました。
またあまりお酒が強くないので、多い時で週1回飲みに行くかどうか。
タバコは一度もやったことがない。
大きな病気はしたことがなく、入院なんて一度もしたことないし、健康診断はいつも何の問題もない。
私はそんな人でした。
さて、「それ」が分かった年の5月からこの話は始まります。
5月。
年齢的に一度人間ドックを受けてみるか、と妻と2人で近くの総合病院で人間ドックを受けることに。
一通りの検査と共に人生2回目の胃カメラも(1回目は前職でストレスのあまり十二指腸潰瘍になった時に)。
その際、念のために癌がないかどうかも確認しておこうということで生検(胃の細胞をとって癌がないか調べる検査)もしておくことにしました。
後日、人間ドックの結果が届きました。
結果は・・・・
何の異常もなし。
ビビっていた胃壁の生検結果も問題なし。その他数値の異常も特になし。
ほっと胸を撫でおろしました。
しかし。
そこから徐々に体調がおかしくなっていくのでした。
続きはまた今度。
ゆるくブログを始めることにしました
ブログを始めてみることにしました。
始める一番の理由は、自分の経験が誰かのためになる可能性が1%でもあるならその情報をネットに上げておこう、ということ。
あとは自分の身に起こったことやその時感じたことを記録しておくため。
記憶は時間と共に良くも悪くも薄れて行くので。
始めた理由はそんなところで、自分と自分に起きたことの紹介を。
自分の超簡単な紹介
- 33歳男性
- 職業は会社員
- 家族は妻と2歳の娘が1人
自分に起きたこと
2018年10月、スキルス胃癌発覚。
初期診断は既に転移しており手術不可のステージⅣ。所謂末期癌。
この1年間何をして何を感じてきたか書いていきます。
最初にも書いたように自分の経験が誰かのためになるかもしれないと思いながらゆるくやっていきます。